2011年5月20日金曜日

オールウエイズ・オン・マイ・マインド



オールウエイズ・オン・マイ・マインド Always On My Mind

エルヴィス・プレスリーの70年代を代表するバラードのひとつ。名曲「別離の歌」のB面として紹介されたしっとりした作品。

「想い出のパラ」のジョニー・クリストファ一と、シンガーでもあるウェイン・カーソン、それに「ムーディ・ブルー」、「サスピシャス・マインド」のマーク・ジエームスが70年に共作した楽曲。『ミス・ダイナマイト』と呼ばれて、日本でも人気の高かったブレンダ・リーが、カントリー・チャートで45位までランク・アップさせた曲でもある。

エルヴィスはブレンダよりも先にライターたちから直接この楽曲を受けとっており、推薦を受けていた。エルヴィスの方が早く、1972年3月29日に録音したが、実際にリリースされたのは1972年11月でプレンダよりも後になった。エルヴィス定番の両A面扱いだが、実際にはいまでは死語となった「B面」だった。それでもカントリー・チャートで1 6位を記録して、ブレンダ盤を追い越した。


1972年のエルヴィスの活動は少し込み入っている。全米ツアーをドキュメントした映画「エルヴィス・オン・ツアー」がヒットしているが、実際の行動はニューヨーク・ライブ、翌年2月の世界初の宇宙生中継の準備と多忙な年で、その一方でナンバー1ヒット<バーニング・ラブ>も飛ばしていて、リリースと活動に微妙なずれが生じている。リリースされたものを月日順に追いかけていると、エルヴィスの行動が分らなくなってくる。

それにしてもエルヴィスがこの曲を推薦され、取り上げたのももっともだと納得できる出来栄えのいいバラードに仕上がっている。その後も多くのシンガーによってカヴァーされ、リバイバル・ヒットを放っている。
カントリー・ミュージック・アソシエイション(CMA) は1982年と83年に、この作品を、ソング・オブ・ザ・イヤー" に選出した。

アメリカの酒場では、日本同様にカラオケが人気で、客が感情をこめて歌う光景は日常的だ。この曲は、つらい思い出を持った人々にはまさにツボにはまった楽曲だ。

因みに自分は15年続いているアメリカの恋人とギクシャクしたときに、メールの最初の”Always On My Mind”と書いて急場を凌いだ。人生もう一度だけ、今度はエルヴィス並に心をこめてダイレクトに伝えたい。

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